from my house
今日は大切な人の告別式。
今年1月に脳腫瘍が見つかり手術・入院をしていた。
そこから回復して学校にも僕のイベントにも来てくれていて
元気になったと思っていた。
しかし最近、学校で見ないと思っていた。
引退試合にも来てなくて体調悪いんかなと思っていた。
まさか、ここまで体調が悪化していたとは全く知らなかった。
そこまであの人のことを考えられていなかった。
自分が情けなくなった。
れおさんは僕たちのことを思い出してくれただろうか。
病室で1人苦しんでいるときに何を思っていたのか。
きっといい思い出を思い出していたと思う。
違和感に気づき行動できる人間になりたい。
自虐をしてもれおさんに申し訳無いので、
思ったことも素直に描きたい。
出会ったのは、中島第二球場での紅白戦。
外野ノックでライトでエラーしてたけど、バッティングはすごかった。
あの球場のレフトフェンスにノーバンで当てたのを見たときに驚いた。
そこから練習やリーグ戦を共に闘っていった。
あっと言う間の2年間だった。
れおさんがバッターの時僕はランナーによくいた。
たくさんホームに返してもらった。
これまでずっと野球をして来ていろんな先輩に会ったが、
あんなに優しく心が広い人は初めてかもしれない。
ただ何も言わない優しさではなくて、
言うときにはいって思いやりのある優しさ。
褒めてくれて注意してくれて、率先して動いてくれる。
人としてとても尊敬できる人だった。
なんでれおさんが、、
って何回も思ったけど。
死は悲しいことでは無いとあの本から学んだ。
それもあって、お通夜もお葬式もあまり涙は出なかったが、
告別式だけは違った。
頭ではまたどこかで巡り会えると分かっていてもやはり悲しい。
お別れをするのは寂しい。
今までれおさんが生きて来た22年を全て知りたいと思った。
いろんな人に支えられ愛された人だと思った。
きっとれおさんを嫌いな人はこの世にいないと思う。
それくらい愛されている人だった。
一昨日の夢でれおさんが現れた。
2人で病院か学校らしきとこで話していた。
今までれおさんと2人で話ししたことなんてない。
僕は思った。
れおさんが僕に何か伝えようとしているのだと。
内容は詳しく覚えていない。
これを僕の人生で読み解いて行くことが使命になるのか。
れおさんとは必ず次のステージで会える。
僕にとってはそれくらい思い入れのある人。
今日、昨日学んだことを生かして、
僕は今後の人生を生きて行く。
だから何年も修行している場合ではない。
今を楽しみ苦しみもがき続けることが未来になる。
止まっている暇なんてない。
いつか自分の夢が叶ったことをれおさんに報告したい。
れおさん2年間のお付き合いでしたが、本当にありがとうございました。
れおさんはこれまで会った先輩の中で一番思いやりのある先輩です。
いつもバッティング褒めてくださりありがとうございました。
れおさんが褒めてくださるからあんなに打てました。
イベントも来てくださりありがとうございました。
あのイベントは僕の中で、いい思い出があまりありませんでしたが、
れおさんとの最後の思い出として蘇ってきます。
理想の鍼灸院。覚えていますか。
まだ記録に残っていますか。
いつかその希望を立てることができるようにしたいです。
れおさんが一番苦しいときに何もしてあげられなくて本当にすみません。
これかられおさんがまた新しいステージに行くために僕は精一杯応援します。
また僕の近くに生まれ変わってきてください。
そのときにあの夢での話を教えてください。
僕はきっと気づきます。
れおさんは僕の中に大きな存在として残っています。
僕がこれから頑張っていく姿も見ていてください。
今まで本当にお世話になりました。
お元気で。また必ず会いましょう。
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